2023/01/20

隠された独ネスラー社のマンハイム

英国の方から購入した Nestler Mannheim (Pickworth Data Slip) 。マホガニー材がベースで木部の色は美しいが、経年のため凸状に反りがある。この点、A.W.FABER であれば真鍮の芯材が埋め込まれている (D.R.PATENT. № 206428) ので反る事がない。また逸見治郎氏による竹の合板 (PAT.22129) では反り対応と同時に軽量化も実現できた。竹の表面は堅く狂いも少ない。それら発明は本当に素晴らしいと思う。ただ NESTLER は尺の目盛りに関しては数々の製品を創出し、中でもリーツ式を考案するなどその後の計算尺の進化に貢献した。

話はこちらの尺に戻すが、実はこの正体が判明したのは商品到着後である。出品者も「尺面には銘がない」と説明していた。

手がかりは、ヨーロッパの初期のセルロイド張り計算尺はネジで固定するものが見られる事、裏面テーブルの内容が Charles Newton Pickworth という計算尺に関する書物を出した人物 (1861-1955, British mechanical engineer) によるものという事だったので、 Google 検索している間に見つけたのがやはり、日頃勝手にお世話になっている ISRM の NESTLER の資料だった。(https://www.sliderulemuseum.com/Nestler.htm)

尺面と裏面テーブルが一致。さらにストック溝中央に僅かに刻印の跡ようなものがあるがかなり薄いため判読できなかったが、ISRM に「1908-1911 - "ALBERT NESTLER LAHR i/B" used as logo in well of Nestler and D&P stocks」の記述を発見した。そう、目を凝らすと刻印の跡 "AL … LAHR i/B" が薄っすらと残っているのだ。"D&P" (Dennert & Pape) とは後の ARISTO で、NESTLER では当初、尺本体は "D&P" から供給を受けて自社の機械で目盛りを刻んでいたらしい。1905年以降、自社で尺本体を製造するようになった後でも残った在庫の "D&P" 尺に上記ロゴを入れて生産していたようである。つまり、この計算尺の製造時期は最も後でも 1911年という事になる。

では何故、銘が削られているかというところに興味は移る。単にMILLER 社の OEM として無印化したのか、或いは第一次世界大戦で英独が戦争状態となり貿易は表向きは制限されていたが、ヤミで取引されていたのではないか。ただ堂々と NESTLER の刻印があるのは憚られ、削ったのではないか。ケースにもそれを隠蔽するラベルを貼ったのではないか。謎めいた一本である。

計算尺関係の文献を漁っていると「工業界」1912年 第3号から第9号にかけて連載された一記者の記事「計算尺の使用法」で偶然にこの NESTLER 尺の図を見つけた。その開始号の締めくくりが面白いので引用しよう。

"計算尺は和製、舶来共にあれども和製は目盛の不正確と「スライド」と「ストック」との適合不十分なるを以て舶来の方を撰ぶべきなり、但し代価はもちろん和製の方が安価なり"

この"和製"とは、中村浅吉商店の1913年のカタログにあるような、かつて逸見治郎氏も関わったであろう木製計算尺の事と思われるが、奇しくも「工業界」の記事と同じ年の春に、氏は「遂に立派な計算尺ができた」と振り返っている (1941年の雑誌「向上」より)。逸見式竹製計算尺の完成である。氏は古巣の中村浅吉商店よりも先に玉屋商店と取引を始めたようで、玉屋商店の1912年10月カタログにNo.1937として掲載している。

器種
概要
タイトル 消された刻印?ネスラーのマンハイム尺
ブランド NESTLER
型番 Nestler Mannheim
ロゴ 溝にあった "ALBERT NESTLER LAHR i/B" が消された痕跡
サイズ 10 "
スタイル //Closed||
システム Mannheim
製造時期 ISRM の写真資料では1917頃とされるが刻印が示すのは1911頃か
製造国 ドイツ
構造 リベット:正面、エッジ、滑尺の両端すべて
溝:セルロイド
裏窓:⊃⊂切欠タイプ
接合版:鉄?のバー2本
寸法
[mm]
長さ 275
31.6
厚さ 10.8
重量
[g]
総重量 79
カーソル 4
材質 本体 マホガニー、セルロイド
接合部品:鉄
ネジ:真鍮
カーソル 【初期型アルミ矩形】
ヘアライン3本線なのでオリジナルではない可能性。
フレーム:アルミ
板バネ:鉄
ウィンドウ:ガラス

目盛り
表面 A
[B, C]
D
裏面 -
[S, L, T]
-
計・備考 7尺
目盛線タイプ:Railway track
その他
目盛り
ゲージ
マーク
【A,B尺】
π=3.1416
M=1/π: A,B尺での連続計算でπを含む計算に使用。
78.54辺り=π/4 (*1)
【C尺】
ρ’=3438分=1ラジアン
【C,D尺】
ρ”=206265秒=1ラジアン
π=3.1416
C=√(4/π): C,D尺の直径からA,B尺に面積を計算。
C1=√(40/π): Cと同様だがA,B尺の2単位目 (10~100) に対応。
ρ,,=63.66=200/π: grad.(100゚法)とラジアンの変換。
定規 上 cm
下 inch
溝延長 inch
付属品 ケース 黒のクロス紙張り厚紙筒、長丸型、285mm。
マニュアル 欠品
その他
備考 特許等
その他 ケースラベル「MILLERS DRAWING MATERIAL WAREHOUSE」(*2)

*1 NESTLER や PICKET、古い HEMMI の尺に多いゲージマーク。Cと同じ役割。
*2 英国製図用具ブランド。現在も画材等を販売している模様。製図用具と共に計算尺を扱う会社は多かったようである。内田洋行とHEMMIの関係に近かったのかもしれない。このケースにはラベルが重ねて貼られている。社名の下に取扱商品が羅列されているので、おそらく品揃え変わったために更新したのだろうと思われる。さらにその下、地のケースにはオリジナルメーカー「NESTLER」の記載があるのではないかと推測している。

常態

表面、溝

裏面

流石に100年を経ると反るNESTLER尺

溝に残るロゴ

溝に残るロゴ

計算尺の使用法に使われたNESTLERの挿絵
「工業界」1912年 第3号より

中村浅吉商店カタログの和製計算尺 (1913年)






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