①魚価計算尺
東京市産業局商工課小売市場掛の野宗英一郎氏 (*1)、および魚類担当の月岡章郎氏が適正魚価の計算方法の研究から考案し、ヘンミの技師長だった平野氏と共同で特許を取得した。消費者(個人・大量)、小売商人、仲買人、産地、卸売会社、行政監督者が魚の適正価格を分析するのに役立つとされている。実際に試作され新聞にも掲載されたということだ。「比率計算尺」と共に広告も出されたが、当時1円(現在の約1,600円位)という高価さもあってか、結局普及しなかった。野宗氏の「草の根元で――住民の幸福のために行政の理想を求めて――」(1976年) によると、産業局にあったその試作品は残念ながら1945年3月10日の東京大空襲で焼失し、別に残っているとしても特許庁かヘンミの倉庫に埋もれているのではないか、という事だ。また、竹製ではなく円盤型で厚紙のような安価な材料で作れば大いに普及したかもしれない、と回顧している。
計算の対象が魚の値段というところはいかにも日本的だ。価格帯や重さの単位は現在と合わないが、魚種別の歩留まりや流通システムもうまく数値化しておりアイデアとして実に面白い。私の先祖は長崎五島の小漁師だったが、私がそうだったようにこの計算尺にきっと興味を持つに違いない。
使い方は、A尺に価格、滑尺に魚種(形体ごとの歩留まりを考慮した目盛り)を合わせ、卸売の売買差益率をカーソルで合わせて価格を読む、というように「東京市産業時報」の中で詳しく説明されている。
②比率計算尺(身体検査用計算尺)
ヤフオクのまとめ買いの中に入っていた大変珍しい尺。Paul Rossさんの Hemmi Slide Rule Catalogue Raisonné の second page (型番不明のリスト) には "Ratio Rule" として、マニュアルのイメージだけが紹介されているが、その実物が発見された訳だ。身体検査で使う物なので魚価計算尺と比して学校、軍隊、医療の関係機関で需要はあったのだろう。(*2)
もしかしたら古くからある学校の保健室や病院の資料室に、その古びたキャビネットの奥には、まだ眠っているものがあるかもしれない。もし見つけた方がいらっしゃれば、裏面のテーブルカードを(残念ながらこちらの方は剥がれた跡だけが残っているので)是非見せていただきたい。
使い方はスライド上の「合」マークをストック右上の身長に合わせるだけ。あとはスライド上の体重、胸囲、座高からストック左上に身長との比率(比体重 比胸囲 比座高)を読む。身長170以上は一番上の目盛り。低い体重はスライド、ストックとも下側を使う。計算可能範囲は
身長:50-195[cm]
体重・胸囲・座高:14-100 [kg|cm]
となっている。ストック右上のVゲージ(滑尺上の体重100kgのと同じ位置)は用途不明。→その後、説明書より、身長100cm以下の場合に使用するものである事が判明。
器種 概要 | タイトル | 幻の魚価計算尺と現物が見つかった比率計算尺 |
ブランド | HEMMI | |
型番 | ①魚価計算尺 ②比率計算尺 | |
ロゴ | ②〇"SUN"〇 引用符""は垂直 〇は太陽に光線 (クサビ形長短6本)、雲 (2本線)、左右同一 | |
サイズ | 10 " | |
スタイル | //Closed|| | |
システム | ①魚価 ②対身長比率 | |
製造時期 | ①②1938年頃 | |
製造国 | 日本 | |
構造 | ②【ヘンミ片面G5薄型】 裏面セルロイド 裏窓:⊃⊂切欠タイプ 接合版:アルミ | |
寸法 [mm] | 長さ | ②280 |
幅 | ②33.2 | |
厚さ | ②8.5 | |
重量 [g] | 総重量 | ②57 |
カーソル | ②5 | |
材質 | 本体 | 竹、セルロイド 接合版:アルミ リベット:アルミ |
カーソル | ②【一体型ステンレス】 フレーム:ステンレス 板バネ:鉄 ウィンドウ:ガラス | |
尺 目盛り | 表面 | ①A価格 (*3) [B目方:歩留率・正味量 (刺身)、売買差益率、歩留率・切身量] - ②比体重 比胸囲 比座高 身長 (*3) [体重 胸囲 座高] (*4) 比体重の続き |
裏面 | - ①おそらく[blank] ②[blank] - | |
計・備考 | ①5尺 ②4尺 | |
その他 目盛り | ゲージ マーク | ①目方[匁](一人前30、一切25)(*5) 魚種毎の正味量[%](赤貝16、蛤24、鯉31、黒鯛38、ぼら40、鯛41、あわび43、こち45、ひらめ49、めじ51、鮪54、かじき56、鰹鱒61、鰆あなご67、鰻75) 売買差益[%](産地-10、卸売0、仲買10、小売54) 魚種毎の切身量[%](目抜鯛44、中鮪49、鯛52、鮪54、すずき64、鯖鰤67、生鮭70、鰹72、さわら74、新巻鮭77、塩鮭79) ②合(スライド)=ストック上で身長が100cmになる部分 Ⅴ(ストック)=スライド上で体重が100kgなる部分(身長100cm以下で使用) |
定規 | ②上 cm、下 inch | |
付属品 | ケース | ②黒のクロス紙張り厚紙、鞘方式、295mm、蓋120mm |
マニュアル | ②欠品 (Paul Rossさんのサイトで紹介されている) | |
その他 | ①裏テーブルは表面記載以外の魚種の係数一覧 ②裏テーブル欠品(おそらく使用法が記載されていた) | |
備考 | 特許等 | ①特明136150:1938/2/4出願、1940/4/23登録「魚價計算尺」。東京市産業局の野宗英一郎氏、月岡章郎氏、ヘンミの平野英明氏共同。 ②特明140190:1939/8/18出願、1940/12/3登録「身體檢査用計算尺」。平野英明氏。(*6) |
その他 |
*1 | 野宗英一郎氏は広島出身。広島一中、岡山六高校、東大経済学科卒。銀行員を経て東京市奉職。戦後に東京都中央区長を4期務めた |
*2 | 計算尺愛好会に、同様の機能を持つ金属の円盤型計算尺「KYS比体重・比胸囲・比座高 高速計算器」(海軍省指定工場 山越製作所)が紹介されている。 |
*3 | 尺面は旧字体が使用されている。:①賣=売、②圍=囲、㘴=坐 |
*4 | 坐高(=座高)は、「短足」の冷やかしの恐れや、生活機能との因果関係が解明されない事などの事情で現在(2016年4月以降)では測定しないらしい。 |
*5 | 匁=もんめ(1匁=3.75g) |
*6 | 「比率計算尺」の方は宮崎治助氏の「計算尺発達史」(1956年)でも平野氏が設計に参画した主な専門計算尺13種の一つとして挙げられている。「魚価計算尺」はニッチ過ぎたのか日の目を見る事はなかったが、こうして紹介できる機会を得た事を嬉しく思う。 |
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①1937年12月 東京市産業時報より魚価計算尺イメージ |
①同、説明図 |
その後、比率計算尺の説明書を所有する方からイメージを共有していただきました。(一番下の写真。結合して解像度を落としてあります)この場を借り改めて御礼いたします。おかげさまで v ゲージの疑問もすっきりしました。身長100cm以下で使用するんですね。なるほどです。
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